西浦特急 鉄道と旅のブログ

鉄道・飛行機などで国内外を旅行した様子のほか、鉄道を中心に交通全般の話題を取り上げます。

「門司港・小倉お買い物往復きっぷ」で博多から関門トンネル人道へ向かう。

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新幹線で到着した博多駅

 

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JR九州のネット会員になると九州外に住んでいても、九州内の新幹線や特急での往復が大幅割引になる「2枚きっぷ・4枚きっぷ」などをJR九州のサイトから簡単に購入することができます。

また博多駅など九州内の主要駅では券売機でネット予約した切符を受取ることができます。

 

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ネット会員に登録している筆者が今回事前に予約していたのは、博多~小倉・門司港を特急列車で往復できる「門司港・小倉お買い物往復きっぷ」です。

価格は小倉駅や博多駅の商業施設で利用できる1000円分の金券がセットになって3100円となっており、博多~小倉・門司港間の特急列車を片道あたり1050円で利用できる計算になります。

今回はこの切符を使って博多から小倉まで行き、小倉から下関まで普通乗車券を別購入。

下関駅からはバスで関門トンネル人道入口へ向かい、海底を歩いて九州にもどり「レトロ」で売る門司港周辺の街並みを散策したのち、門司港始発の特急列車で博多に戻ってくるという行程を予定しています。

 

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11:57発の特急ソニック21号は出てしまい、後続の特急ソニック23号大分行で出発します。

 以前は博多~小倉の間は特急列車は一時期1時間に3本運転されていましたが、現在では日中は1時間に2本に戻され、毎時19分のソニック号を逃すと40分近くの待ち時間が生じてしまいます。

福岡と北九州という2つの100万都市の玄関を結ぶ鉄道需要はもっと多いのですが、

特急ソニック号で40分~50分を要する両都市を最速15分で結ぶ山陽新幹線にかなり利用が流れているようです。

JR九州の特急を往復利用できる博多小倉間の「2枚切符」が2940円であるのに対し、

山陽新幹線を運行するJR西日本は土日祝日限定とはいえ新幹線で博多小倉を往復できる「新幹線よかよかきっぷ」を3150円で発売するなど価格面でも攻勢を強めており、

今回利用している「お買い物往復きっぷ」はJR九州が自社の「地盤(系列の商業施設など)」を活かした客のつなぎとめを意図して発売しているようにも見えます。

 

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特急ソニック23号が入線。

ソニック号は博多と大分を小倉経由で約2時間で結ぶJR九州最速の特急列車です。

 

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車内。(小倉駅到着後に撮影)

90年代から活躍をつづける車両ですが車内は何度かリニューアルされているようです。

新型コロナウイルスによる出控えもあってか、博多発車時で窓側が埋まる程度の着席率でした。

 

 

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博多発車から約30分。進行方向右手に見えた広大な更地は九州を代表するテーマパークとして親しまれた「スペースワールド」の跡地です。

撮影地点付近にはアクセスのために設けられた駅があり、そちらは更地になった今も「スペースワールド」駅を名乗って営業中です。

 

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13:06小倉駅に到着。列車は2分程の停車時間で進行方向を変え大分へ向けて発車していきました。

 

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小倉駅ホームで営業する有名なうどん店。

主力商品の「かしわうどん」の「かしわ」は鶏肉のことですが、こういう語句解説が不要なのは名古屋あたりまでで関東以北ではあまり使われない表現のようです。

 

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「お買い物きっぷ」で下関方面を目指す場合、小倉の次の門司駅までは有効区間となりますが、

小倉で乗り換えとなることもあり一旦改札を出て小倉~下関間の普通乗車券を買いなおして再入場することにしました。

小倉駅では北九州モノレールが駅舎内まで乗り入れています。

海外の大空港のターミナルで同じような風景を見た記憶がありますが、国内で同じような構造の駅は見たことがありません。

 

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駅舎外観とモノレールの軌道。

 

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ホームにもどり下関行の普通列車に乗車。

 

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古い車両ですが交流電化の九州と直流電化の本州を直結するため、両方の電化方式に対応できる設備を備えています。

 

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小倉の次の停車駅門司駅に停車。

ここで門司港方面と関門トンネル経由で下関方面へ向かう路線に分かれます。

 

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関門トンネルで本州へ。

 

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小倉から約15分で山口県最大の都市下関市の玄関下関駅に到着しました。

 

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JR九州とJR西日本の境界駅である下関駅の乗車人員は1日約10000人。

近年は1999年に通り魔殺人、2006年に放火と不穏な出来事がつづいてしまいましたが、歴史の一時期には航路との接続により現在の成田空港のような海外への玄関の役割を果たしていたこともあります。

 

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下関駅から関門トンネルの人道入口へは徒歩だと30分以上かかるようなので駅前からバスを利用することにしました。

駅舎を出ると1番~4番まで乗り場が見え「どのバスでも唐戸に行きます」の案内がありました。

人道入口の最寄バス停「御裳川(みもすそがわ)」は写真の路線図によれば唐戸の3つ先であることがわかります。

また唐戸から御裳川の区間で分岐する系統がないこともわかります。

これにより「1番~4番乗り場から発車するバスは全て唐戸へ行く」「唐戸へ行くバスは全て御裳川へ行く」

つまり「1番から4番から発車するバスは全て御裳川へ行く」という三段論法が成立したと信じ発車待ちをしていたバスに乗車したのですが、

 

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車内で前方を注視していると唐戸付近で左折して海岸線を離れてしまったので、次に停車したバス停で運転手さんに確認してみました。

筆者「このバスは御裳川へは行かないんですか」

運転手「ちょうふ方面は行きませんよ」

ちょうふ⇒調布?長府?いずれにしても御裳川へ行かないバスに乗り続けているわけにはいかず慌てて下車しました。

下関駅や唐戸から見て御裳川が長府方面かどうかなど遠来の訪問者が知る由もなく、

バス会社や運転手さんにそんなつもりはないことはわかっていますが、

「下関のバス。乗れるものなら乗ってみろ」と言われているような印象を受けました。

結局道半ばでバスを降ろされた格好になり、後半区間は徒歩で向かうことに。

 

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海岸線沿いの道まで戻り、しばらく歩くと左手に立派な神社が。

下関駅前のバス路線図で唐戸の次が「赤間神社前」となっていたことを思い出しました。

赤間神社は安徳天皇を祭神とする神社です。

壇ノ浦の源平合戦で平氏の敗北が濃厚になると、安徳天皇の母方祖母にあたる平時子は「波の下にも都がございます」と幼少の安徳天皇を諭し抱いて壇ノ浦の海に身を投げたと伝えられており、

安徳天皇は歴代天皇最年少の6歳でその生涯を終えています。

 

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赤間神社前の次は「壇の浦」

バス停周辺はマンションなどが並ぶ市街地でしたが、

 

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少し歩くと関門海峡とそれを跨ぐ関門海峡大橋が見え、一気に「歴史に名を刻む名所に来た」という感覚になります。

 

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海岸沿いの「みもすそ川公園」には源平最後の戦いを再現した一対の銅像があります。

 

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源義経像。壇ノ浦の戦いで船から船へ飛び移る様子を表現しています。

 

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こちらは碇を担いで応戦する平知盛。

一の谷(神戸市)、屋島(高松市)と敗走した平氏はここ壇ノ浦で戦いに敗れ終焉を迎えることになりました。

 

源平合戦のほかにも、幕末の1863年には長州藩がこの付近で関門海峡を航行するアメリカ・フランス・オランダの艦船を砲撃。

後に徹底的な反撃にあった長州藩は方針を転換して倒幕を主張する薩摩藩との協調に転じ、後の明治維新への大きな原動力となっています。

 

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源平合戦像の道向かいに、目的の関門トンネルの人道入口があります。

 

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人道入口にあった関門海峡周辺の地図。

上が西、下が東、ピンクが下関側、土色が門司側です。

ピンク上部の下関駅から現在地表示のある下端に到着。これから赤破線の人道トンネルを通り、土色上部に位置する門司港駅へ向かいます。

 

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通行は歩行者が無料、自転車は20円で、早朝深夜は通行不可となっています。

「これでは照明代も出ない」と一瞬思いましたが、

日本では鉄道維持の採算は問題になっても道路維持の採算はほとんど問題にならないようです。

 

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昭和33年の人道開通以来のものかと思うような古く無骨な雰囲気のエレベーターで地下へ降りると、

 

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見慣れた国道マークの奥に人道トンネルが延びています。

人道はその直上を通る関門トンネル(自動車道)の歩道という扱いになっているようです。

 

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トンネル入口にあった解説。

およそ3.4kmの車道(黄色)に対し、人道(オレンジ)は海底部分のみおよそ800mとなっています。

 

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人道トンネルの断面はV字になっており、下関・門司いずれから入っても前半が下り坂、後半が上り坂となります。

 

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そして中央の最も深い部分が山口県と福岡県の県境、つまり本州側と九州側の境界となっています。

 

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九州側の上り坂を登ること約5分、門司側出口に続くエレベーターホールに到着。

 

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下関にあったものと同じ古いエレベーターで地上へ。

入口から出口までの所要時間はおよそ15分でした。

 

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出口からは対岸のみもすそ川公園付近がよく見えていました。

最寄りのJR 駅である門司港駅方面へはバスのほか徒歩10分程度の場所からトロッコ列車もありますが休日のみの運転で冬季は運休となっています。

下関側と違い徒歩でも25分程度で行ける距離なので海岸の景色や港町として栄えた門司の古い街並みを見ながら散歩するのがおすすめです。

つづきはこちらです。

 

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