西浦特急 鉄道と旅のブログ

鉄道・飛行機などで国内外を旅行した様子のほか、鉄道を中心に交通全般の話題を取り上げます。

【鈍足特急】飯田線特急「伊那路1号」乗車記(豊橋10:08⇒飯田12:40)

 

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岐阜から名鉄特急パノラマスーパーで豊橋駅に到着。

豊橋駅からはJR飯田線の特急伊那路1号に乗車して飯田へ向かいます。

特急伊那路1号の発車は10時08分。豊橋駅の改札はJR・名鉄共通になっており、飯田線方面の列車は豊橋駅から数キロに渡り名鉄と線路を共有する関係で乗り場も隣接しています。

  

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10時ころ浜松方に待機していた伊那路1号の車両が入線。

身延線の特急ふじかわ号にも使用される373系の3両編成です。

373系は1995年の登場時にはJR東海の特急「伊那路」「ふじかわ」「東海」と東京と大垣を結ぶ夜行快速列車「ムーンライトながら」号に使用されていましたが、

東京と静岡を結んでいた特急「東海」は廃止になり、ムーンライトながらは臨時列車となったのち別の車両に置き換えられました。

 

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373系は東海道線の普通列車の運用にも入ることを前提とした設計のため、頻繁な乗降をスムーズにすべくデッキと客室を仕切る扉が省略されています。

乗客にとっては最初に目に触れる部分でもあり「特急車両としては簡易な設備の車両」という印象を受けますが、

 

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男性小用を含むトイレや洗面所など新幹線車両に準じる設備を有するほか、

 

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車端部にはグループ利用に最適な4人掛けスペースが設けられており、

 

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シートの掛け心地やピッチについても主要幹線の特急列車に劣るということはありません。

 

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特急伊那路の運転区間である豊橋~飯田の自由席特急料金は1860円ですが、新幹線から乗り継ぐ場合は半額になります。

 

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頻繁に発着する名鉄の電車を眺めながら10時08分の発車を待ちます。

 

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豊橋駅を発車すると数キロつづく名鉄との共用区間で豊川の鉄橋を渡り、

 

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名鉄と分岐する平井信号所を過ぎてしばらくで豊川駅に到着します。

豊橋~豊川間は約8kmですが、この区間だけを運転する列車が多数設定されています。

長い路線でありながら東海道線に近い区間だけ突出して列車本数が多いという点では、同じ373系の特急列車「ふじかわ」号が運転される身延線(富士~甲府)とよく似ています。

 

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豊川からは田園と住宅が入り混じる郊外の風景の中を進みます。

列車は駅間では時速70キロ程度まで加速しますが、駅の前後にあるポイントの改良がおこなわれておらず、駅を通過するたびに他の単線路線以上の極端な減速を強いられます。

 

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10時33分新城駅に到着。

行き違いの普通列車は213系の2両編成。この車両は飯田線全線で活躍しています。国鉄末期の設計ですが車内は2人掛けシートが並び居住性は悪くありません。

 

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豊橋から32km地点の本長篠駅付近が豊橋の都市圏の末端で、この先日中の普通列車は2~3時間に1本という閑散区間になります。

 

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湯谷温泉駅付近から狭い谷間を縫うように走る飯田線らしい車窓が展開します。

 

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11時21分、飯田線の主要駅のひとつ中部天竜駅に到着。5割程度の席が埋まっていた車内でしたが初めてまとまった下車がありました。

豊橋から62kmの距離ですが駅間距離が短い飯田線の普通列車では2時間を要するうえ本数も少ないため「やむを得ず特急を使っている」そういう沿線住民が特急伊那路号の主たる利用者のようにも見えました。

 

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中部天竜駅から先はさらに山が深まります。

渡っている鉄橋は川の上へ出ながら川を渡らず同じ側の岸へ引き返すことで有名な鉄橋です。

川の上くらいしか線路を敷設する場所がなかったというのが実態のようです。

 

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11時35分、豊橋から74kmの水窪駅に到着。

駅前の道路には浜松を起点とする遠州鉄道の終点西鹿島駅からのバス路線が最近まで発着していました。

元はJRバス(国鉄バス)天竜線として運転されていましたがJRが撤退したのち遠鉄バスが北遠本線として引き継ぎました。

JR時代には西鹿島から1500円程度だった運賃を600円台を上限とする「プライスキャップ制」にするなど積極的な試みもありましたが、増客はできても増収には至らずという結果だったようです。

ここに限らず地方の長距離の路線バスでは運賃が1000円を超えることも珍しくありませんが、例えば初乗り200円+1kmあたり40円で20km先の街まで1000円の路線バスがあっても、夫婦や親子で往復すれば4000円や3000円。

地方では1家に2台以上の自家用車が普及した今の時代に、その路線に20km以上乗車する人などごく限られていることでしょう。

それならば「現実的な運賃を上限として乗ってもらうほうがよい結果(マシな結果)が得られるのでは」という考えは合理的といえ、先の例でもJR時代の運賃を継承していたら利用者・収益ともさらに早いペースで減少悪化していたのではないでしょうか。

 

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停車駅ごとに地元利用者が下車し車内は閑散としてきました。

 

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12時24分、狭い谷間を縫うような区間を走り抜け天竜峡駅に到着。

ここからは小規模ながら飯田の都市圏に入り普通列車の本数も増加します。

 

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豊橋近郊以来の広い車窓の中を終点飯田駅に向けラストスパート。

 

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運転席の後部から前面展望が楽しめるのも373系の特徴です。

 

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飯田駅が近づくと川の対岸の小高い丘の上に街並みが見え、列車は勾配とカーブで迂回しながらその街並みへ近づいていきます。

 

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見えた街並みが飯田駅前の市街地だと気づくと同時に列車は飯田駅の構内に進入。

 

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12時40分、豊橋から129kmを2時間32分かけて終点飯田駅の1番線に到着しました。

豊橋からの平均時速は51km。厳しい走行条件を反映したものですが、特急伊那路号はJR特急の中でもトップクラスの鈍足特急として知られています。

 

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3両編成で空いているように見えた車内ですが全員が下車すると改札前には行列ができ駅舎や駅前がにわかに活気づいたように見えました。

 

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赤い屋根が強いインパクトを与える飯田駅舎。

駅前通りは交通規制が敷かれ道の真ん中で獅子舞が披露されていました。

この先普通列車で岡谷・松本と乗り継ぎ長野へ向かいましたが、途中の駅から音楽コンクール帰りの小学生の団体が乗車。

引率の先生に歌声を聞かせてほしいと話した男性客のリクエストに応じる形で、車内で合唱がはじまるというローカル線の旅らしいサプライズがありました。

つづきはこちらです。

 

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