五月晴れの気持ち良い朝を迎えたJR西日本鳥取駅前。
今回はここから特急スーパーおき3号に乗車し新山口へ向かいます。
鳥取駅改札口上の発車表示。
特急スーパーおき3号は始発の鳥取駅を9:29に発車し、益田まで山陰本線を下ったのち山口線に入り、終点の新山口に14:41に到着します。
時刻表の地図で特急スーパーおき3号の走行経路を確認してみました。
近畿地方に隣接する鳥取から九州手前の新山口まで378.1km。
東京~名古屋に匹敵する長い道のりです。
鳥取駅改札近くに店を構える駅弁屋さん「アベ鳥取堂」。
昼食時間帯を挟み終点まで5時間を越えるロングランとなるスーパーおき3号ですが、車内販売はなく途中の駅で食料を調達できるような長時間停車もありません。
長距離乗車の場合は事前に飲料や食事の購入が必須です。
9:15頃、米子方から入線したスーパーおき3号。
キハ187系普通車のみの3両編成です。
キハ187系は山陰本線の島根県・鳥取県内区間の高速化事業に合わせ製造・増備された車両です。
外観こそ特急車両としては地味ですが、エンジンの出力はJRの気動車ではトップクラスを誇り最高時速は120km/h 、加速も国鉄時代の電車特急を上回る性能を持っています。
スーパーおき号車内。
特急列車の普通車としては標準的なシートピッチが確保され、前席背面と肘掛けに大小のテーブルが備えられているなど、長時間の乗車でも身体的な苦痛を感じることはなさそうです。
ただしコンセントはありませんので、必要に応じて事前の充電など対策しておいたほうが良さそうです。
スーパーおき号の走行区間の大半は単線です。
9:27。隣のホームにスーパーおき号と同型車両で運転されるスーパーまつかぜ号が到着すると、間もなく出発時刻を迎えます。
鳥取駅を定刻に発車したスーパーおき号はおよそ4分で最初の停車駅「鳥取大学前」に停車。
単線一面の小さな駅ですが、鳥取県内では鳥取・米子・倉吉に次ぐ利用者数第4位の駅であり、
あまり知られていませんが、鳥取空港まで徒歩15分でアクセスすることができます。
宝木~末恒間で海側の車窓に見える水面は水尻池といい、渡り鳥の越冬地として知られているようです。
10:00。鳥取県第3の都市「倉吉」着。
隣のホームでは10:13発の京都行スーパーはくと6号が発車を待っています。
スーパーはくと号の流線型の先頭形状は外観上のデザインだけでなく、
智頭急行線内の単線トンネルに高速で進入する時にトンネル内の気圧変化を緩和する実利的な役目も担っています。
自由席車両のデッキにはささやかなフリースペースがあり、マガジンラックには地元を走る観光列車「あめつち」や「奥出雲おろち」号のパンフレットが並んでいました
海側の自席を離れデッキに移動したのは、山側の車窓に見える西日本を代表する秀峰「大山」を写真におさめておきたかったからです。
本日は残念ながら山頂周辺に雲がかかっていました。
山陰本線から眺める大山は、春先の季節が最も美しく見える日が多いのではないかと思っています。
参考 2019年3月。快速とっとりライナー車内から撮影した大山。
反対の海側に目をやると日本海越しに境港や米子空港などが立地する弓ヶ浜半島が見えていました。
鳥取から92.7km 。大阪~姫路を若干上回る距離を、行き違い待ちを含め67分で駆け抜け、10:36米子に到着。
山陰本線の単線非電化区間ですが、ここまでの走りは京阪神の新快速と遜色ありません。
米子駅は、2022年度にかけ南口新設などの改良工事が行われており、国鉄時代からの立派な駅舎は間もなく姿を消す予定です。
米子を発車すると安来に連続停車。
列車は米子~安来間で県境を越え島根県に入りました。
11:00松江着。スーパーおき号は鳥取・松江・山口と3つの県庁所在都市を結んでいますが、
車窓から見る駅周辺の賑わいは松江が他の2都市より一歩リードしている印象です。
松江を発車すると列車は宍道湖の湖岸を走行します。
宍道湖畔の玉造温泉駅に停車したのち、荘原駅に運転停車し対向列車待ち。
列車は宍道湖に注ぐ斐伊川を渡り出雲市の市街地へと進みます。
11:28頃、対向列車待ちで5分程遅れて出雲市駅に到着。
隣のホームでは11:34発の特急やくも16号岡山行が発車を待っていました。
さて出雲市駅を発車した時点で鳥取から2時間が経過、そろそろ昼時。
乗車前にアベ鳥取堂で購入した駅弁「あご寿し」を開封することにします。
包み紙には、
当地鳥取では美しい日本海を飛びながら泳いでいる飛魚のことを「あご」と呼び春の味覚としてあっさりした味で親しまれています。(抜粋)
と文章が添えられていました。
あご寿司を口に運ぶうち、車窓には“宣伝に偽りなし”の「美しい日本海」が広がりました。
11:50頃大田市着。
出雲市以西の山陰本線は特急や快速アクアライナーの利用が中心で、
利用が少ない普通列車には、鳥取県内では見られなかった閑散路線向けの小型ディーゼルカーキハ120も使われています。
大田市発車後の車窓。
当地特有の石州瓦を載せた日本家屋の向こうにエメラルドグリーンの日本海が広がります。
江の川を渡り江津駅に接近。
江の川は延長184kmの中国地方を代表する大河で、広島市街地を流れ瀬戸内海に注ぐ太田川水系との分水嶺は、三次よりも南、広島県安芸高田市にあります。
その江の川に沿って路線を伸ばし、ここ江津と広島県北部の要衝三次を結んでいた三江線は2019年に108.1kmの全線が廃止されました。
長年、三江線との乗り換え駅であった江津駅は広い構内を有していますが、
今となっては持て余し気味のようにも感じられます。
江津駅を発車後も石州瓦の家屋と日本海の風景が続きます。
12:30。島根県西部の要衝「浜田」に到着。
駅前には市街地が広がっている様子がうかがえます。
出雲市以西の島根県内主要特急停車駅の都市規模を見ると、江津市が2万人台、大田市が3万人台、益田市が4万人台であるのに対し、浜田市は唯一5万人を越えています。
かつてはサンライズ出雲の前身とも言える寝台特急出雲号の終着駅となっていたほか、駅前からは浜田自動車道経由で広島とを結ぶ高速バスが1時間毎に発車しています。
浜田からしばらくの間、山陰本線は日本海の波打ち際を走行します。
車窓を写した写真を見返すと海水浴場に立って写した写真のようにも見えます。
鳥取発車からすでに3時間が経過し、新山口までの長い道のりもすでに折り返し地点を過ぎています。
前方に島根県西端の街、益田の市街地が見えてきました。
13:04益田着。益田では浜田以上のまとまった下車が見られました。
益田で下車した人の半数程度は山陰本線長門市行の普通列車に乗り継いだようです。
スーパーおき号は当駅で山陰本線と別れ山口線に入ります。
益田以西、山口県内の山陰本線には平成17年まで特急いそかぜ号が走っていましたが、現在は普通列車のみの運転となっています。
益田を発車し、山陰と山陽を結ぶ陰陽連絡線の一つである山口線に入ると海岸線から一転、川に沿って南下します。
線路に平行する川は高津川で、分水嶺を越えると、山口県南部の第3セクター鉄道「錦川鉄道」の沿線へ抜けることができます。
山口線に入り最初の停車駅「日原」に停車。
先述の錦川鉄道は国鉄のローカル線「岩日線」を引き継いで開業しましたが、その路線名が示すように、元は岩国とここ日原を鉄道で結ぶことが想定されていました。
未成のまま途中の錦町止まりとなったうえ、国鉄路線としては廃止され3セク化というと、聞こえは良くないかもしれませんが、
人口の都会への流出とモータリゼーションが進行した昭和後半の時代の流れの中で建設された地方ローカル線のなかには、
開業後もあまり利用されることなく短命で廃止されたものもあり、その中には先述の三江線の一部区間も含まれます。
岩日線の辿った歴史は、結果から見れば、その時代ごとの賢明な判断の積み重ねであったとも言えそうです。
13:37津和野に到着。
津和野は小京都とも言われる古い街並みが人気の観光地で、益田で一旦空いた列車は、ここから新山口方面へ向かう利用者で自由席車両は再び窓側の席が埋まる程度の乗車率になりました。
津和野駅を発車した列車は盆地に位置する津和野の市街地を見下ろす登り勾配にさしかかります。
徳佐駅で対向のスーパーおき4号鳥取行と行き違い。
山口線内の車窓。
長閑な里山と田園の風景を眺めるうち、列車は山陰から山陽へと歩を進めます。
宮野駅を通過するあたりから沿線は市街地になり、
14:28。山口駅に進入。
山口市は山口県の県庁所在地です。
スーパーおき号が結ぶ、鳥取・松江・山口の3県庁所在地の人口はいずれも20万人程度で、人口の多い順では松江が44位、山口が45位、鳥取が46位となっています。(H22国勢調査データ)
14:32最後の停車駅「湯田温泉」を発車。
湯田温泉から山口市内の市街地を走ること10分弱。
終点新山口到着の車内放送が流れると、山口線の気動車が休む車両基地の向こうに、三江線全線開通と同年の昭和50年に開業した山陽新幹線の高架が見えました。
県庁所在都市の人口は同程度でも、歴史的・地理的な経緯から山陰の山陽の交通インフラの水準には大きな差があることを実感する光景です。
山陰本線での遅れはいつの間にか回復していたようで、スーパーおき3号は14:41定刻に新山口駅に到着しました。
今回は天候に恵まれたこともあり、車窓の海や山の美しさに見入るうち、退屈する暇もなく5時間が過ぎてしまったというのが、新山口駅に降り立っての感想です。
新山口駅新幹線側駅舎。
新山口駅所在地の住所表記は今年2月に元号を意識した「小郡令和1丁目」に変更されています。
小郡駅が新山口駅に改称されたのは平成15年のことですが、小郡の字はしっかりと新しい時代に引き継がれたようです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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