西浦特急 鉄道と旅のブログ

鉄道・飛行機などで国内外を旅行した様子のほか、鉄道を中心に交通全般の話題を取り上げます。

旧大社駅保存駅舎と急行出雲大社号乗車記(出雲大社前15:35→松江しんじ湖温泉16:20)

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JR山陰本線出雲市駅から一畑電鉄の電車で到着した出雲大社前駅。

 

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今回は出雲大社とは反対側(駅前通りを左手方向)にある旧国鉄(JR ) 大社駅の保存駅舎へむかいます。

 

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保存駅舎までは約800メートル。徒歩10分程です。

ほぼ1本道なので迷うことはなさそうです。

 

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大社駅は国鉄大社線が開通した明治45年にその終点として開設されましたが、

その当時の駅舎は現在保存されている駅舎の半分ほどの大きさでした。

その後大正2年に駅と出雲大社を結ぶ神門通りが開通。

大正12年には出雲市駅で接続する山陰本線が京都から益田まで開通し出雲大社への参拝者が大幅に増加したことから、

翌大正13年にその需要に応えるべく、新しく建築されたのがこの保存駅舎です。

それから6年後の昭和5年には神門通りの途中、出雲大社により近い位置に一畑電鉄が乗り入れましたが、

大社駅の需要は戦後も増加し、モータリゼーションが進行する前の昭和30年代頃に利用者数はピークを迎えました。

 

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駅舎内に入ると切符の発売窓口とは別に観光案内所や貴賓室として使われていたスペースもあって最盛期の活気が伝わってくるようです。

個人的には一大観光地の門前駅という共通点を持つ、JR四国の琴平駅(現役)に雰囲気がよく似ていると感じました。

 

高度成長期以降の大社駅は、出雲大社へのアクセスがマイカーに移る中で年々利用者が減少し、

JR化後間もない平成2年に大社線の廃止とともにその役割を終えました。

参拝者輸送のライバルで大社駅の利用者数に影響を与えたと思われる一畑電鉄については、

駅舎内のパネル展示などでは触れられていませんでしたが、

一畑電鉄もモータリゼーションの影響で利用者数が減少しており、

「一畑電鉄に客をとられて」という見方は筋違いであるだけでなく、

大社線の廃止決定にあたっては一畑電鉄に救われた面もあったのではないでしょうか。

 

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改札口付近には廃止当時の時刻表と運賃表が掲載されていました。

廃止当時の列車本数は1時間に1本程度。

運賃表は古めかしく見えますが、JR西日本(東海と東日本も) の運賃は、大社線廃止当時から消費税転嫁分(当時3%→10%)を除いて据え置かれているため現在とほとんど変わりません。

 

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ホーム側から見た改札口。

 

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ホームにはD51型蒸気機関車が展示されています。

 

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運転台を覗くこともできます。

3つあるメーターの一番奥にあるスピードメーターや、その上にある白く塗られた装置「ATS(列車自動停止装置)」は後付けされたものと思われます。

国鉄全線へのATSの設置は昭和37年の三河島事故を受けてのことであり、この車両が戦後も長く活躍していたことを証明しているかのようです。

日本の鉄道の安全は、主としてその事故の歴史の中で、乗務員の注意力に依存する体制からATSをはじめとする安全装置やシステムと協調する体制に移行してきました。

一方で、最近個人的に利用する機会が増えた航空の世界に目をやると、

上空や滑走路手前で「管制の指示により云々」という機内アナウンスを耳にするたびに、

その安全(特に離発着に関係する部分)は未だ優秀な人材の不断の注意力によって支えられている。

という印象を抱かずにはいられません。

 

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大社駅保存駅舎から一畑電鉄の出雲大社前駅を経て出雲大社へとつづく神門通りを歩いて戻る途中で立ち寄った道の駅「大社ご縁広場」。

多数の土産物などが並び電車で訪れた観光客にもおすすめできるスポットです。

 

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道の駅から宇迦橋を渡り大鳥居をくぐって、

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一畑電鉄出雲大社駅に戻ってきました。

シャンデリアやステンドグラスが印象的な駅舎内。

一畑電鉄としても、先発の国鉄が建てた立派な駅舎を前に、いい加減なものを建てるわけにはいかなかったのでしょう。

 

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松江方面へ向かうため切符を購入。

松江しんじ湖温泉までは820円です。

券売機画面の右下には自転車持ち込み用の320円の表示があります。

 

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自転車の車内持ち込みはアクセス・イグレスの交通機関が乏しい地方私鉄の利便性改善策として多くの事例がありますが、

有料の場合、無料の場合、列車や時間帯を特定する場合などその態様は様々です。

 

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さて松江しんじ湖温泉まで乗車するのは土日祝日に1本のみ運転される電鉄出雲市から松江しんじ湖温泉まで直通運転の急行です。

駅の発車表示には急行とだけ記されていますが、時刻表には出雲大社号の愛称も記載されていました。

 

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急行出雲大社号の車両。

この車両は大手私鉄からの転属ではなく一畑電鉄向けに製造されたものですが、

車両の「型」はJR四国が予讃線電化に際して導入した7000系がベースになっており、一畑電鉄でも7000系を名乗っています。

航空用語を借りれば「この車両のローンチカスタマーはJR四国」ということになります。

 

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白と一畑電鉄のイメージカラーであるオレンジの塗り分けは美しく乗客に新鮮な印象を与えています。

 

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JR 四国では車両中央に大型のドアが設置されワンマンではない車掌乗務の列車のみ開閉させる措置がとられてきますが、一畑電鉄ではドアは埋められた格好になっています。

 

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JR四国は7000系より先に導入した1000系ディーゼルカーの導入にあたり、

国鉄から受け継いだ車両では2両にせざるを得ない列車を1両で運行できることを期待し、(1両にすれば動力費が削減できワンマン運転もやりやすい)

導入当時(90年代)の趨勢に反し定員の多い大型車両とした経緯があり、

7000系はその設計思想を受け継いだ「電車」ということができます。

クロスシートとロングシートを点対象に配する座席配置も、JR四国のそうした意向を反映したものだったと思いますが、

一畑電鉄でもそのまま採用され、車内はJR 四国の7000系の雰囲気に非常に似ています。

 

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ドアを埋めた部分には島根県のキャラクター「しまねっこ」が祭られていました。

深い意味を詮索してしまうのは筆者だけでしょうか。

 

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出雲大社前を発車すると次の停車駅は川跡。山陰本線の列車からも見える出雲ドームを見ながら田園風景の中を快走します。

 

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急行出雲大社号は、50分から1時間毎に運転される普通列車の運転パターンから外れて運転されるため川跡駅での他列車への接続はありません。

運転時刻から考えても出雲大社観光を終えて松江の宿へ向かう人の利便に特化した列車と言えそうです。

 

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川跡からはさらに速度が上がったようで後部運転台を覗くとメーターの針は80kmを超えていました。

 

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一畑電鉄の本社が所在し広い構内を持つ雲州平田駅に到着。

付近は2005年に出雲市に合併されるまで人口約3万の平田市の中心でした。

平田は宍道湖の南を通るJR山陰本線の恩恵を受けない街で、一畑電鉄は地域住民にとって重要な存在であるはずです。

 

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一畑電鉄は意外にも出雲大社ではなく、出雲方面から一畑寺(一畑薬師)への参拝輸送に端を発し、後に松江方面へ延伸された経緯があり、

松江方・出雲市方双方からの路線が途中の一畑口駅で合流して一畑薬師へ向かう線形になっています。

一畑薬師への路線はすでに廃止されていますが、

その名残りで松江と出雲方面を結ぶ現在のメインルートを走る列車は全て一畑口駅で進行方向が逆になります。

そのため出雲方から乗車し松江方面へ向かう場合で、

一畑口駅付近から松江方面にかけてつづく宍道湖の車窓を楽しみたい場合は、

乗車時点では宍道湖とは反対側に席に座っておく必要があります。

 

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16:20。出雲大社前から45分で終点の松江しんじ湖温泉駅に到着しました。

 

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松江しんじ湖温泉駅も近年近代的な駅舎に建て替えられイメージを一新しています。

 

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松江しんじ湖温泉駅は宍道湖の北に位置しており、松江城やその周辺の観光地には近いもののJR 松江駅(地図右下)までは距離があります。

 

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ちょうど駅前に入ってきた観光客向けのバスでJR松江駅に向かうことにしました。

 

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偶々乗り合わせたこのバスですが、車内がレトロ調なっているだけではなく、観光案内も含めた車内放送のテープ音声もまたレトロ感があって、

「昭和40年代の観光バスの車内はこんな雰囲気だったかもしれない」と思ううち、

観光スポットを迂回し、最後は安来節を聞きながら、約20分で松江駅前に到着しました。

単なる移動に使っても面白いバスだとおもいます。

 

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乗り継ぎのJR山陰本線の列車まで時間があったので、

駅前で頑張る地元資本のデパート「一畑百貨店」の地下にあるカウンタースタイルの喫茶コーナーで一杯。

 

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山陰本線の普通列車で滞在中のホテルがある米子へ帰りました。

 

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昼頃から曇っていましたが、夕方から雨になりました。

米子では特に激しく降ることはありませんでしたが、

内陸部ではまとまった雨量になったようで、翌日の行程に大きく影響が出てしまいました。

続きはこちらです。

 

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