西浦特急 鉄道と旅のブログ

鉄道・飛行機などで国内外を旅行した様子のほか、鉄道を中心に交通全般の話題を取り上げます。

50‰勾配を上り「避暑地」鈴蘭台へ(神戸電鉄粟生線・北条鉄道訪問記1)

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阪急梅田駅から特急で約35分、阪神梅田駅から特急で約40分、JR神戸駅から地下通路「メトロこうべ」経由で徒歩10分少々。

ここ神戸市兵庫区「新開地駅」地下1階の神戸電鉄のりばが今回のスタート時点です。

新開地駅は神戸電鉄の運転上のターミナルですが、この場所は厳密には神戸高速鉄道新開地駅南北線ホームであり、神戸電鉄の戸籍上のターミナルは1駅進んだ湊川駅のため、やむを得ずまわりくどい言い方になっています。

 

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神戸電鉄は新開地(戸籍上は湊川)から有馬温泉に向かう有馬線、有馬温泉の一つ手前の有馬口から分岐して三田に至る三田線、三田線横山駅から分岐する公園都市線、そして有馬線鈴蘭台から分岐する粟生線の4つの路線で構成されています。

総延長は約70km。神戸市内区間が中心ですが、三田線・公園都市線は三田市に、粟生線は三木市・小野市に乗り入れています。

 

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新開地駅の時刻表。

新開地から各方面に向かう下りの場合、粟生線が分岐する鈴蘭台駅までは、有馬三田方面の準急と、粟生線方面の普通がそれぞれ15分毎の運転で1時間に8本のダイヤが基本になっています。

 

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次の発車は11時07分発、鈴蘭台から粟生線に入る普通西鈴蘭台行でした。神戸電鉄では最古参1100系の3両編成です。

これより新しい3000系以降の車両は3ドアですが1100系は2ドアになっています。

車両はドアの枚数に関係なく運用されるため毎日同じ便に乗車する場合でも乗車位置が異なることになり、その対策として新開地駅では線路脇のホームから見える位置に次の列車の乗車位置が点灯するランプが設置されています。(写真では車両の影になって見せません)

 

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車内に入ると妻面のプレートには昭和44年の文字がありました。西暦に直すと1969年でちょうど50年前に製造された車両です。

 

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神戸電鉄の運転系統は路線名称とはあまり関係なく、有馬線・三田線を直通して新開地と三田を結ぶ系統、有馬線と粟生線を直通して新開地と粟生線各駅を結ぶ系統、有馬口~有馬温泉の一駅を折り返す運用、三田線の終点三田と公園都市線のウッディタウン中央を結ぶ系統に大別されます。

種別は普通と新開地~鈴蘭台間で丸山・鵯越の2駅のみ通過する準急が中心で、ラッシュ時に例外的に通過駅を増やした急行・快速・特快速が運転されます、

 

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新開地を発車すると次の湊川までが地下区間です。

湊川発車後地上に出て一つめのトンネルを抜けるタイミングを待って「本日は神戸電鉄をご利用いただきましてありがとうございます。この電車は・・・」と車内放送がありました。

現在神戸電鉄は全電車がワンマン運転のため自動放送になっていますが、車掌による肉声放送時代から変わらない神戸電鉄の「伝統」です。

新開地~湊川間が正式には神戸高速鉄道線内であることに加え、近年まで非冷房車両が残っていたため窓が開いているとトンネル内では放送しても聞こえづらかったことの名残りでしょう。

 

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六甲山系に路線を延ばす神戸電鉄は湊川駅を出ると50‰(1kmすすむごとに50m上る)の急勾配が続きます。

湊川の次の停車駅「長田」を出ると、進行方向左手の車窓には斜面に張り付くような市街地とその向こうでキラキラと光を反射する海面が見えました。(海が見える位置でシャッターを切れませんでした。)

 

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新開地から4駅目の鵯越駅に停車。

源平合戦の時代、須磨一の谷に陣を張り海からの攻撃に備えていた平氏を、源氏が背後の山中から攻めた話は有名で「鵯越の逆落し」などと言われます。

神戸市街地のターミナルから電車で10分かからずにその地を訪ねることができることはあまり知られていないのではないでしょうか。

 

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鵯越を出るとまもなく左手にダムが見えます。

線路沿いを流れる烏原川に新設された石井ダムです。

かつて烏原川に沿って走っていた神戸電鉄のこの区間の車窓は美しく「神鉄耶馬渓」などと言われましたが、ダム建設のため線路は付け替えられ、現在は川の対岸にできた約1kmのトンネルを抜けて次の鈴蘭台駅へ向かいます。

 

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長いトンネルを抜け鈴蘭台車両基地で休む車両が見えると間もなく鈴蘭台駅に到着します。

 

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車両基地の脇で古参車両同士の行き違い。

 

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去年秋に橋上駅舎として生まれ変わった鈴蘭台駅が見えてきました。湊川から7.5kmですが標高は278mあります。乗車人員は約1万人です。

昭和3年に神戸電鉄の前身である神戸有馬電気鉄道が湊川~有馬温泉間(現在の有馬線)で開通した当時は「小部」を名乗っていましたが、駅周辺は戦前から避暑地として開発され駅名も昭和7年には「鈴蘭台」に改称されています。

昭和11年に神戸三木電気鉄道の路線として現在の粟生線の一部が開業すると鈴蘭台駅はジャンクションとして機能するようになり、戦後はニュータウン開発で駅周辺の人口が急増。現在に至るまで神戸電鉄の運転上の中核として機能しています。

 

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鈴蘭台駅に到着。

乗車列車の終点はここから粟生線に入って2駅約3分の西鈴蘭台ですが、11時20分頃に到着し、11時24分の発車まで4分近く停車するダイヤになっていました。

 

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その理由は新開地を4分後に発車し後を追ってきた三田行の準急からの乗り換えを受けるためのようです。

一種の緩急接続ダイヤというわけですが、準急が通過するのは丸山と鵯越の2駅だけで鈴蘭台までの普通列車との所要時間差は1分程度と思われます。

準急運転による時間短縮より準急と接続をとるための普通列車の停車時間のほうが長いというのは不思議な感じがします。

 

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準急到着後すぐに、ここまで乗ってきた列車が発車し粟生線への急勾配を上っていきます。

 

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あとから到着した準急三田行も1分程停車したのち複線の有馬線方面へ発車していきました。

 

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改札付近。

高架駅に近い構造から一転、橋上駅舎になって間もなく1年が経ちますが、まだ真新しさが感じられました。

 

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駅改札は駅ビルの3階につながっています。

駅ビルには「イオン」を核とする商業施設「ブレスト鈴蘭台」と神戸市の北区役所が入居しています。

 

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ブレスト内のエスカレーターで1階に降りたところがバスターミナルになっていました。

 

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ちょうど神戸電鉄系列の神鉄バスが到着。側面からではよくわかりませんが、

 

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同社の車両の一部は、鈴蘭台駅横のこの低いガードをくぐるため特注の「低屋根仕様」になっているという話を聞いたことがあります。

 

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駅舎は完成しましたが、駅前や駅周辺は再開発工事の真っ最中といった様相でした。

粟生線とその先につづく北条鉄道の訪問記ですが、本記事は粟生線の始発駅鈴蘭台までとさせていただきます。

つづき粟生線の訪問記はこちらです。

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