西浦特急 鉄道と旅のブログ

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黒字なのに廃線?神戸電鉄粟生線問題雑感

 神戸電鉄は、神戸市兵庫区の新開地を運転上の拠点とし、郊外の三田市、三木市、小野市に4つの路線を持つ兵庫県の私鉄です。そのうち粟生線は、神戸市北区の鈴蘭台で有馬線から分岐し、神戸市西区、三木市を通り、小野市の粟生へ至る、神戸電鉄で最も長い29.2kmの路線です。

 

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 写真 小野駅に到着した新開地からの急行粟生行き。

 

 全線開業~成長の時代の粟生線

 同路線の利用者数は1992年のピークには年間1400万人を超えていましたが、以後減少がつづき、現在は600万人台となっています。高度成長期からバブル期にかけての沿線開発で利用者が急増した時代に行った、輸送力増強のための投資の負担が重荷となり、路線廃止の議論が浮上する事態になっています。

 しかしピークの半分以下になったとはいえ、年間600万人以上の利用があり、目先の列車の運行にかかる経費は運賃収入で賄えている(黒字)路線の廃線問題は異例で「粟生線問題」として注目されています。

 粟生線は戦前に三木市の三木駅までが開通、戦後になり小野市域へ延長され、昭和29年に粟生までの全線が開業、終点の粟生では国鉄加古川線、北条線との接続が実現しました。全線開業からしばらくは、小野市・三木市(当時の人口3~4万程度)と神戸市を結ぶローカル輸送が中心でしたが、昭和43年に神戸高速鉄道の開通により、神戸側の運転上のターミナルが新開地となり、阪神電鉄、阪急電鉄との乗り継ぎができるようになると、沿線はベッドタウンとして注目されるようになり、昭和40年代後半から50年代にかけて、西区、三木市南部の駅周辺を中心に人口1万人単位の大規模ニュータウンが次々に誕生しました。

 ローカル私鉄であった神戸電鉄はこれらのニュータウンから発生する通勤通学需要に対応すべく、車両の増結やそれにともなう駅ホームの延伸、複線化、単線区間の駅への行き違い設備の新設など輸送力増強工事に追われることになります。

 そして増加が続いた粟生線の輸送人員は、沿線のニュータウンに移り住んだ団塊世代の神戸市中心部などへの通勤需要と、その子世代(団塊ジュニア世代)の高校進学による通学需要になどにより、1992年に年間約1400万人となりピークを迎えることになります。

 

 ピーク以降の利用減少の要因

 しかしその後、子世代が大学進学や就職で沿線を離れると、少子化傾向のうえ、沿線開発が短期間で進んだ影響で、もともと沿線住民の年齢構成が偏っていたことから、あとが続かず通学需要が減少。通勤に関しても団塊世代が退職年齢に達すると同じ理由により、減少傾向が顕著になりました。

 また「あとが続かない」という観点では、「年齢構成の偏り」に加え、沿線ニュータウンがいずれも一戸建て中心で開発されたことから、集合住宅の住民にくらべ住み替えによる入れ替わり(若返り)が進みにくいという事情もあったように思います。

 一方、ピーク期以降の粟生線を取り巻く環境の変化としては、まず昭和62年に開業した神戸市営地下鉄「西神中央駅」周辺の開発が進み、地下鉄の運行本数が増加すると、沿線から西神中央駅へ向かうバスが多数運転されるようになり、神戸市営地下鉄が粟生線と競合関係になったことや、もともとは沿線ニュータウンと粟生線の駅の間のフィーダー輸送を担っていた神姫バス(神姫ゾーンバス)が沿線ニュータウンと神戸市の中心「三宮」をダイレクトに結ぶ路線を2001年に開業させると、当初1時間に1本程度であったものが、数年後にはラッシュ時に3~5分間隔で運行されるまでに成長し、粟生線の利用者数に少なからぬ影響を与えたこと。などが挙げられます。

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 写真 粟生線と競合する路線を運行する神姫バス。

 

 ただ粟生線の列車が大手私鉄に比べれば短い4両(以前は5両)とはいえ、バスの輸送力は桁違いに少なく「神姫バスVS神戸電鉄(粟生線)」の構図は趣味的には面白いものの、粟生線の利用者数がピークの1400万人から600万人に減少した、その差800万人に占める比重としては、バスよりも先に述べた「人口動態」的な理由の方が、ずっと大きいのではないでしょうか。

 言い換えれば、現時点での、沿線からの三宮行、西神中央駅行のバスの輸送人員に粟生線の現在の輸送人員600万人を加えても、ピーク時の粟生線の輸送人員1400万人よりずっと少ないだろうというのが筆者の個人的な見方です。企業としての神戸電鉄が粟生線の今後を考える協議の中で「一企業の努力では限界がある」と述べていることについても、単にバスや地下鉄に客を奪われたのではなく、もっと大きな要因があることを示唆しているように感じられます。

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 写真 営業運転中の粟生線の車内。

 

 明るい展望を見出しにくい現状

 では今後についてですが、粟生線を成長させた沿線のニュータウンは住民の高齢化が進み、人口減少時代に入ったこともあり、郊外のニュータウンが活気を取り戻すのは容易ではないでしょうし、三木市、小野市の旧来の市街地についても、駅徒歩圏にある商店街はすっかり活気を失い、かつては駅から徒歩で行くことができる場所にあった市役所や市民病院は、電車でのアクセスが不便な場所へ移転するなど、現状で仮に運賃を半額にしたり、電車の本数を倍増させても、それで利用が増えるのか。と疑問に感じるほど明るい展望が見いだせないというのが実態だと思います。

 現在、活性化策としてフィーダー輸送に力点が置かれ、各駅からのバスの発車時刻をまとめたパンフレットの配布なども行われているようですが、フィーダー機能を果たすことができるだけの本数が確保されている駅は少ないうえ、そもそも神姫バスがフィーダー輸送から都心へのダイレクトアクセスに転換して成功し、粟生線からまとまった数の利用者を奪った経緯を考えれば、フィーダー輸送の充実やPRが、どの程度の効果を発揮するのか、それが利用者が望んでいることなのか少々疑問に感じます。

 

 最後に筆者個人の提案

 旧市街地やニュータウンの活性化などにくらべれば、短期間で多少なりとも現実性がある活性化策として筆者が考えるのは以下の3点です。

 

 ・逆通勤の創出

 木津駅は粟生線で唯一利用者が増加していますが、その要因は駅に隣接して工業団地が新設されたことで、主として神戸市中心部方面からの通勤利用が発生していることによるもののようです。工業団地ほどの規模でなくとも、公共交通への依存度が高く人口も多い神戸市中心部から沿線への流動を促進することは、粟生線のみならず、沿線の商業の活性化などにもつかなるのではないでしょうか。

 ・三木・小野旧市街での駅の新設・移転

 高度成長期以降、車が中心となった郊外の市街地では新しくできたショッピングセンター周辺などに商業施設があつまり、古くからの駅の位置が地元の生活のニーズと合致していないように思います。簡易なホーム1面でも、現状にあった位置に駅を新設するか、あるいは新設のかわりに現在の駅を廃止(つまり駅の移転)するなどの方法が検討されてもよいのではないでしょうか。実施例としては三重県の三岐鉄道北勢線が挙げられます。

 

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写真 JR神戸駅 神戸電鉄のターミナル「新開地」から地下道を歩いて10分少々でアクセスできる。

 

 ・メトロ神戸を有効活用できないか。

 神戸電鉄は「大人の事情」により自らPRすることができないのかもしれませんが、神戸電鉄の運転上のターミナル「新開地駅」とJR神戸線の神戸駅は「メトロ神戸」という地下街(地下道)でむすばれています。筆者は徒歩でどのくらいかかるか、実際に歩いてみましたが、改札から改札までで11分でした。東京の都営地下鉄で同一駅名が付され「地上乗り換え」と案内されている駅の中には、同程度の乗り換え時間を要する駅も存在するようです。

 昭和レトロというと聞こえが良いですが、どこか「怖い」雰囲気のある地下道をリニューアルしたり、少しでも徒歩距離が短くなるよう動線を工夫するなどして、JR「新快速」と徒歩で乗り換えができる路線であることをPRできれば、粟生線以外の神戸電鉄の路線も含め利用者の増加が期待できそうです。また新快速利用者に神戸電鉄のPRができれば、沿線への流入需要も期待できるのではないでしょうか。